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本年度、和歌山大学ときみの定住を支援する会が協同で行っている
「紀美野町における生活文化の発掘」

先日、暮らしと集落調査ワークショップ第2弾を
自然体験世代交流センターで行いました。
(第1弾の様子は→こちら

ご協力いただいたのは、世代交流センターで
ゲートボールを楽しんでおられる上神野地区のお年寄りの方々です。

DSC04883.jpg

テーマは、昔の「農」「食」「遊び・行事」です。

農には、水が欠かせません。
写真中央の彼は、集落の水系に興味を持って、
地元の人にしかわからないような、谷の名前や水利権について聞いています。

DSC04887.jpg

川の水、谷から引いてくる水、井戸の水、
かつて関電が整備した「隧道」の話、
町水道が完備されるまでの簡易水道の話など
いろんな話が飛び出してきました。

DSC04888.jpg

水にもいろいろあって、
谷から生活用水として引いてくる水を「とり水」
湧水のことを「ふき水」
生活用水よりも優先された農業用水のことを「やしない水」
自分の山(谷)を持たない人が他所から生活用水を分けてもらうことを「もらい水」
というそうです。

話を聞いていると「水」の大切さがかなりうかがえます。

そしてもうひとつ、私が興味を持った話として、「山田」があります。
「山田」とは山の中にある「かくれ田」のこと。
かつて高野領だったこの地域では、厳しい年貢の取り立ての対策として
平地や街道沿いの田んぼ以外に、山の中の谷沿いに役人に見つからないように
自分たちの食糧を確保するための小さな田んぼをいくつも作ったそうです。

山の中なので、平地はほとんどなく田んぼの広さは5坪~10坪程度。
牛で耕そうにも、その中で牛をまわすのに難儀するほどの狭さ。

山の中の水は冷たくて、稲や麦の栽培に適しているとは到底言えないけれど
そこまでしてでも作らないと、自分たちの食べる米がないほど
年貢の取り立てが厳しかったそうです。

その「山田」、今はもう山にスギやヒノキが植林されてなくなってしまったそうですが、
おじいちゃんおばあちゃんたちの「あの谷にもかくれ田ようけあったな~」という会話が
飛び交っていました。


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